寺子屋(寺入り)
東京では、今年は例年より桜の開花が早く、4月初旬にはもう散ってしまった。
4月といえば新入学。初めてランドセルを背負ったピカピカの一年生が見られる季節だ。それで思い出される浄瑠璃に「菅原伝授手習鑑」がある。竹田出雲他の作で、「仮名手本忠臣蔵」、「「義経千本桜」と並ぶ義太夫の三大名作とされている。五段続きの浄瑠璃で、その四段目が寺子屋の段である。
主君菅原道真(浄瑠璃では菅丞相という)のために子供を犠牲にする、至って残酷な物語である。この寺子屋は前後二段に分かれ、前の段が「寺入り」と呼ばれている。主君の子、菅秀才の身代わりとなるため、松王丸の一子小太郎が母親の千代に連れられ、武部源藏の寺子屋へ寺入りに来る。寺入りとは入学のことである。
大体に於いて初心者がこの段を稽古する事が多く、当然私も習った。 それは、一段の中に義太夫の重要な基本的部分が網羅されているからである。まず本文冒頭の「一字千金、二千金、三千世界の宝ぞと、教える人に習う子の、中に交わる菅秀才」。義太夫はその冒頭の語りだしを「マクラ」と言い、総じて難しく、私も何度も直され稽古した。文字の一字は、千金にも二千金にも値する、という中国の故事を引用しているが、ソナエからウキンという手で始まるこの曲が、なかなか腹に収まらない。ぐっと臍下丹田に力をいれて語るのだが・・・・・・。
さて、この寺子屋には気品高き、菅丞相の一子菅秀才もいれば、百姓の子供達も一斉に手習いをしている。どこのクラスにも悪さがいるもので、ここには「涎クリ」といって、15にもなって涎を垂らした知能の遅れたヤツがいる。これがなかなかの悪さで、師匠の留守に手習いをせず(へへののもへじ)を書き暴れている。菅秀才は、そんなこと書かず「一日に一字学べば三百六十字の教え」といってたしなめ相手にしない。歌舞伎でやると涎クリが立たされる科がある。源藏の女房の戸浪が出てきて、今日は主人源藏は留守だが、午後に寺入りがあるので、よく勉強しなさい、昼からは授業は休みというと、そりゃ又嬉しや休みじゃ、と手習い文を声高に読み上げる。今も昔も変わらない子供の生態をよく捉えて面白い。小太郎が寺入りし、母親は隣村へ行くと言って出かけると小太郎は親の後を追う。母は子を叱り、戸浪にまだ頑是がない、と言うと戸浪は、そりゃ道理だ、小母がよいものあげましょう、早く帰ってきて下さいと、目で合図、千代は下男をつれて出て行く。これが、子供との一生の別れになる。此処で寺入りの段は終わる。
寺入りだけを見ていれば子供と母親の単なる親子劇だが、この後の寺子屋でいとも無惨な劇に発展するので、何ともやるせないものである。親子にとって最も嬉しい入学の日が、親子の永遠の別れの日になるとは、悲劇の最たるものであろう。
<弥乃太夫>
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東京から「のぞみ」で2時間半、昼ごろ今宮戎神社に着いた。辺りは東京のおとり様のような雰囲気である。しかし人混みはそれほどでもなく、比較的楽に拝殿に近づけた。意外に小さい神社である。これがあの名高い神社かとちょっと不思議に思う。しかし境内は“商売繁盛で笹持って来い”のテープが間断なく流れ賑やかである。まず笹を渡され(この笹は無料)、その後縁起物の飾りを自分でアレとソレという風に指定して、笹につけてもらう。その数で値段が決まる。ちょうど寿司屋のカウンターのようだ。
飾り物はまず唄のとおりに“十日戎の売り物は、ハゼ袋に採り鉢、銭かます、小判に金箱、立て烏帽子、ゆで蓮、才槌、束ねのし”の小宝がある。これを吉兆(きっきょう)と言うそうだ。その他にも戎の人形がついた熊手、俵、末広などなど、めでたいもののオンパレードである。笹に飾りをつけてくれるのは、その年選ばれた「福娘」達。美人揃いで彼女らを狙って盛んにカメラのシャッターがきられる。ちなみに福娘に選ばれると就職の際にも有利とのこと。“福”が来るのは会社にとっても喜ばしいのであろう。そのためか福娘になれる倍率は大変高いそうだ。
しばらくして境内が賑やかになった。三味線、太鼓の伴奏と共に芸者さんが駕籠に揺られてやってくる。宝恵駕籠というらしい。神社を出て道頓堀方面に向かう途中でも、いくつもこの駕籠の行列に出会った。各町会ごとにこの行列が組織されているらしい。芸者さんを中心に福娘たち、付き添いの男性と、華やかである。テープで流している賑やかな伴奏の音楽に興味をそそられ、取締り役らしき初老の男性に何の曲か尋ねたら「ええ?全くわかりまへん」とのこと。行列して大店の玄関先で順にご挨拶するらしい。ちょっと東京では見られない、粋でもなくかと言って野暮でもない、全く商業繁栄の都市、大阪らしい行事だと思う。







