車引き
「菅原伝授手習鑑」の三段目口は「車曳きの段」である。文楽は車曳き、歌舞伎は車引きの字を使う。歌舞伎では特に豪華絢爛たる舞台である。
“鳥の子の巣に離れ、魚陸に上がるとは、浪人の身の例え草…”竹本の義太夫に始まり、「宮神楽」という二上リの華やかな下座が奏される。梅王丸と桜丸が出会い、雑引きが出て杉王、時平公、それに従う松王丸と、登場する皆それぞれに、義太夫の、文楽とは違った「ノリ」がある。梅王のノリ、桜丸のノリ、松王のノリと、楽しいものである。三味線に乗ったからノリというが、ここでは台詞まわしの「詞ノリ 」がある。“なんと聞いたか桜丸、斎世の宮、菅しょう相 を憂い目にあわせし時平の大臣…”
以前、新年の隠し芸のTVで、森進一、五木ひろし、西条秀樹の歌手三人が、歌舞伎の車引きを演じ、私が豊沢和幸さんの三味線で義太夫を勤めた事があった。皆おふざけでなく、それなりに決まっていて好評だった。
もう一つこんな思い出。新橋の駅前で天ぷら屋を営業していた吉田美知句さん、という社長さんがいた。この「美知句」は義太夫の芸名。(芸が未熟だから)のシャレかとても愉快なお方で、義太夫教室でこの車曳きをやった時に「時平の七笑いと言うだろう、あれは七色に笑いを変えるのだよアハハハハ…」なんて言って煙に巻いていた。考えてみるに、当時一世を風靡した、天中軒雲月という女の浪曲師がいたが、彼女は七色の声が得意で売り物だったのでその影響であろう。さてこの吉田さんは、笛も鳴り物も良くなさる方で、会の当日、わしが下座をやろうということになって出演して下さった。ピードドンと左手に笛、右手で太鼓と器用なお方だ。初めて鳴り物が入って語りに重みが加わって出演者皆感激。
それ以来、芝居仕立てのものは、鳴り物や下座を使いたいと思ったことだ。
<弥乃太夫>
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